May I talk?
愛息マルコメ君と茗のユルユル日記
娘の顔を忘れた祖母を誰も責められない
2015.06.20[Sat]
私の祖母は今90代半ばで、そろそろ痴呆がはじまった。
年齢的に仕方のないこと、というのは皆覚悟してたけど。
叔母、つまり祖母の娘は、覚悟が足りてなかった。
というか、私から見たら全面的に叔母がおかしいんだけど。
私の父の妹である叔母は、農家に嫁ぎ、
いわゆる封建的な豪農の社会で生きてきた人だ。
何かの法事のとき、
「嫁いでからの給料は全額姑に渡してました!」
ってドヤ顔で言い放って、周り中にドン引きされてたっけ。
価値観が違うんだよね、叔母の嫁ぎ先と。
勘気の強い舅姑や、我儘放題の夫に長年仕えて、
完全に洗脳されてる感じ。
叔母は、長男(私の従兄)を産んだ時に里帰り出産をしたぐらいで、
あまり帰省をしない人だった。
舅姑や夫が許さなかったらしい。
でも、片道1時間かからない距離なのに、
盆暮れ正月に1泊程度は来てたのが、
私の従兄たちが中学にあがる前ぐらいから、
全然来なくなって。
この10年ぐらい、ほぼ来てないんじゃないかなぁ。
私なんか片道8時間の距離でも年数回帰省してんのに。
叔母の子供たち、私の従兄弟は、祖母にとって孫で、その子供たちはひ孫なのに、
祖母はたぶん、ひ孫の顔を見たことがないはずだ。
祖母にとって会ったことあるひ孫は、うちのマルコメ君1人。
こんな状況で。
こんな状態で、祖母が叔母の顔を忘れてたからって、
誰が責められるっていうの。
物忘れがひどくなり始めた頃から、
母(つまり、嫁ですよ)が何度も、
顔を見に来てくれ、会ってやって、って言ってるのに、
叔母は何年も来なかったらしい。
で、やっと顔見に来た時に、祖母に
「まぁまぁよくいらっしゃいました。どちらさんですか」
って言われて泣き出したんだそうな。
で、祖母が、毎日世話してる母のことを
「おかあさん、おかあさん」ってついて歩くから、
実の娘の私を忘れてるのにヒドイ!みたいに号泣したんだとか...
介護に協力どころか何もしなかったのは、もう言ってもしょうがない。
でもさ、顔すら出さなかったのに、
それで忘れられて悲しいって。どんだけよ。
春の連休、私が帰省した時、
やっぱり私のことはあやふやになってて。
たまにしか会わないんだからしょうがないな~って、
私は割とあきらめモードだったんだけど、
数日滞在したら、思い出して、昔話とかしてくれてた。
あんないたずらしたっけね~とか。
マルコメ君のことは、私の弟(故人)と間違えっぱなしだったけど。
私はもう、そういう価値観の人達なんだ、としか思えなくなってるけど、
父にとっては妹だから、こんなことになる前は、
叔母の嫁ぎ先に、年始の挨拶やお盆の訪問をかかさなかった。
でも、お客が来てるのに叔父は自分だけお酒飲んじゃって、
父に見せつけるように叔母をアゴでこき使ってたようだ。
ただでさえ、それがあまりいい気分じゃなかったところに持ってきて、
ここ数年、叔父も叔母も、こっちには一切来ないのもあって、
ついに父も切れたらしい。
顔もみせないのに都合のいいこと言うな!って。
なんていうかもう、やりきれない気持ちしかない。
年齢的に仕方のないこと、というのは皆覚悟してたけど。
叔母、つまり祖母の娘は、覚悟が足りてなかった。
というか、私から見たら全面的に叔母がおかしいんだけど。
私の父の妹である叔母は、農家に嫁ぎ、
いわゆる封建的な豪農の社会で生きてきた人だ。
何かの法事のとき、
「嫁いでからの給料は全額姑に渡してました!」
ってドヤ顔で言い放って、周り中にドン引きされてたっけ。
価値観が違うんだよね、叔母の嫁ぎ先と。
勘気の強い舅姑や、我儘放題の夫に長年仕えて、
完全に洗脳されてる感じ。
叔母は、長男(私の従兄)を産んだ時に里帰り出産をしたぐらいで、
あまり帰省をしない人だった。
舅姑や夫が許さなかったらしい。
でも、片道1時間かからない距離なのに、
盆暮れ正月に1泊程度は来てたのが、
私の従兄たちが中学にあがる前ぐらいから、
全然来なくなって。
この10年ぐらい、ほぼ来てないんじゃないかなぁ。
私なんか片道8時間の距離でも年数回帰省してんのに。
叔母の子供たち、私の従兄弟は、祖母にとって孫で、その子供たちはひ孫なのに、
祖母はたぶん、ひ孫の顔を見たことがないはずだ。
祖母にとって会ったことあるひ孫は、うちのマルコメ君1人。
こんな状況で。
こんな状態で、祖母が叔母の顔を忘れてたからって、
誰が責められるっていうの。
物忘れがひどくなり始めた頃から、
母(つまり、嫁ですよ)が何度も、
顔を見に来てくれ、会ってやって、って言ってるのに、
叔母は何年も来なかったらしい。
で、やっと顔見に来た時に、祖母に
「まぁまぁよくいらっしゃいました。どちらさんですか」
って言われて泣き出したんだそうな。
で、祖母が、毎日世話してる母のことを
「おかあさん、おかあさん」ってついて歩くから、
実の娘の私を忘れてるのにヒドイ!みたいに号泣したんだとか...
介護に協力どころか何もしなかったのは、もう言ってもしょうがない。
でもさ、顔すら出さなかったのに、
それで忘れられて悲しいって。どんだけよ。
春の連休、私が帰省した時、
やっぱり私のことはあやふやになってて。
たまにしか会わないんだからしょうがないな~って、
私は割とあきらめモードだったんだけど、
数日滞在したら、思い出して、昔話とかしてくれてた。
あんないたずらしたっけね~とか。
マルコメ君のことは、私の弟(故人)と間違えっぱなしだったけど。
私はもう、そういう価値観の人達なんだ、としか思えなくなってるけど、
父にとっては妹だから、こんなことになる前は、
叔母の嫁ぎ先に、年始の挨拶やお盆の訪問をかかさなかった。
でも、お客が来てるのに叔父は自分だけお酒飲んじゃって、
父に見せつけるように叔母をアゴでこき使ってたようだ。
ただでさえ、それがあまりいい気分じゃなかったところに持ってきて、
ここ数年、叔父も叔母も、こっちには一切来ないのもあって、
ついに父も切れたらしい。
顔もみせないのに都合のいいこと言うな!って。
なんていうかもう、やりきれない気持ちしかない。